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東京 晩秋の散歩 2010年11月25日

秋と冬が交互に訪れる11月下旬は、木々の葉も艶やかに色付き、街が明るく化粧直した情景に変わる。
主役の銀杏「黄色」や楓「赤」は、常緑の木や青い空に引き立てられ、一層輝いて見える。

  散歩コース
根津神社〜東京大学〜麟祥院〜湯島天神
       
 
根津神社


根津神社の紅葉



晩秋の低い陽射しの中に、
鮮やかな楓の紅葉を見せる境内
 
     
 
東京大学


東京の街は、街路樹や公園などに、多くの銀杏の木が見られる。
東京は、利根川の堆積物等で出来た土地が多いため、古く平安時代頃から地盤強化のため銀杏を利用していたと思われる。
東京都の木は銀杏。また、ここ「東京大学」のマークも銀杏である。 
晩秋時、東京大学・本郷キャンパス内には、黄金色の銀杏で埋め尽くされる「静寂の美風景」を楽しむ人々も多い。

 
東京大学 安田講堂前の銀杏

 
   
東京大学 赤門入り口

 
構内で写生を楽しむ人々
東京大学構内 赤門の奥
 
       
 
麟祥院


春日局の菩提寺 麟祥院

春日局(天正7年〜寛永20年・1579〜1643)は、稲葉正成と離婚して、江戸城大奥に入る。名はお福。家康の側室とも言われている。大奥改革を行い、幕府の予算額1/3 を大奥に当てるなどの権力を振るった。
また、家康から現在の文京区のほぼ全域の土地を与えられる。慶長9年(1604)徳川三代家光の乳母となる。家光の生母「江(ごう)」との不仲説が伝えられている。が・・・
麟祥院は、寛永元年(1624)春日局隠居として創建される。春日局の死後は、「天澤山 麟祥院」となる
 
   


春日局の墓
寛永20年(1643) 9月14日
65歳で亡くなる。


春日局の墓は無縫塔で
四方に穴が貫通した
形をしている。


「東洋大学発祥の地」碑
明治20年(1887) 9月16日
麟祥院内に
東洋大学の前身である
「哲学館」が創設された。

 
       
 
湯島天神

     
 
天神様と云えば「梅の木」と連想されるが、 
銀杏の木も多い。
晩秋には、色付いた銀杏の葉が早春とは違う神社の姿を写し出している。 
神社には、銀杏の木を植えている場所が多い。
銀杏の木は根を張るため、地盤を守る・守りたい場所に植樹されている。特に神社境内の銀杏は、神を守るだけではなく、災害時の住民の避難場所として神社を利用した事もうかがえる。


湯島天神 参道入り口
大きな銀杏の木は、まだ緑が多い


境内各所で
菊花展が開催されている
 

湯島天神 境内


湯島天神 境内の銀杏
 






2009年12月
『散歩コース』

言問通り

弥生土器

東京大学

春日通り

春日局像

傳通院

小石川後楽園




2010年11月
『散歩コース』

根津神社

東京大学

麟祥院

湯島天神


     

 
言問通り「暮の輸送」で込み合う
根津交差点

坂道を上る

弥生土器



「弥生土器」発掘ゆかりの地碑


 
 弥生式土器(弥生町遺跡)は、本郷台地東側斜面辺りから発見される。弥生人は、漁業と農業を営んで生活をしていたと伝えられている。この辺りは、その生活に適した所なのでしょう。

      〜弥生式土器 名前の由来〜

 この地は、江戸 時代「水戸藩中屋敷」である。明治2年新政府は、屋敷を収容し、明治5年向ヶ岡弥生町と名づけた。明治11年この地から貝塚が発見され、新土器も発見された。
     土器は、この地の町名をとり
     「弥生式土器」と命名される。



東京 晩秋の散歩 2009年12月12日

残り少ない紅葉を訪ねて晩秋の東京文京区を散歩した。  
散歩日は、前日の冷たい(気温9.3℃)雨がすっかり止み、晴れ間から暖かい陽がこぼれ気温も17.4℃まで上昇した。絶好の散歩日和。
散歩場所は、縄文時代からの香りを残す場所です。縄文時代の海面は、地球温暖等により、現在の海面より5m高い位置にあった。弥生時代は、この場所まで海水が入り、魚介類が豊富に獲れたらしい。弥生人の遺跡も多く発見されている。
また、北条氏没後、豊臣秀吉から江戸への国替え沙汰を受けた徳川家康が、、約2ヶ月後、駿府からこの地に家来やその家族を移住させた・・。
その後、神田川の治水工事等、江戸の街造り等が開始された。


晩秋の東京大学
僅かに残る「銀杏」の葉


国道17号(東大前通り)

 

白山通りを抜けて春日通りへ


 

白山通りを抜けて春日通りへ

 
 
春日局像


「春日局」像
春日通り


春日局像は、小石川台地富坂に立像している。また、この坂には、東京都戦没者霊園や中央大学理工学部がある。
 春日局は、明智光秀の家臣・斎藤利三の娘(お福)。小早川家の家臣・稲葉正成の正室となるが、その後徳川家光(幼名:竹千代)の乳母となる。 春日局に関する事は、いろいろ言い伝えられている。例えば・徳川家康の力を利用した権力堅持。
・徳川秀忠・正室「お江」と徳川世継ぎ争い。
家光の乳母(お福)は、竹千代が徳川家の後継ぎになるように「金王八幡神社」にお参りを繰り返す。
・大奥権力と資金の巨大化。
・現文京区土地の大半を家康から与えられた。 等々。
現在では、春日通りの名を残している。


 
傳通院

富坂を上りきった所の右側に富坂警察署があり、
その先右側に傳通院がある。その傳通院は、
「徳川家」所縁(ゆかり)の方々のお墓がある。

・家康生母 「於大」
・家康側室 「於奈津」
・豊臣家に嫁いだ 「千姫」
・家光正室 「孝子」
・家光次男 「亀松」

また、勤皇の志士・詩人・画家・作家などの墓がある。墓参拝は自由にできる

 


傳通院
 
   
千姫の墓
(徳川秀忠の長女)

 
於大の方 墓
(徳川家康の生母) 

 
 
小石川後楽園



「小石川後楽園」
この庭園は、江戸時代の水戸藩上屋敷跡の一部分である。小石川後楽園は、二代藩主徳川光圀によって完成させた。
園内の見学は、無料ガイドさんの案内で周ってみると、歴史観も変わってくる。
紅葉は、1週間前に旬を過ぎていた。




通天橋から得仁堂


沢渡り
 
         

     
新宿御苑

 新宿御苑 
 東京 新宿区 内藤町、 渋谷区
 千駄ヶ谷6丁目

新宿御苑は、春の梅や桜も良いが、
晩秋の紅葉はさらに良い。
秋は楓の葉が朱色・橙・赤・黄緑と木々毎に異なる豊かな色彩バランスを楽しませてくれる。


2000年12月9日


2000年12月9日



12月10日


12月10日

     
 
井の頭恩賜公園

東京 三鷹市 井の頭公園

 春は桜.。秋は紅葉。自然との触れ合いを楽しませてくれる井の頭公園。

この井の頭公園池は、「お茶ノ水」と呼ばれる湧水を溜めて「池」となっている。その池の水は、「神田川(江戸時代は「江戸川」と名付られていた)」となり「江戸城」の外堀へ注いでいる。



「お茶の水」と呼ばれる”湧き水”


井の頭公園池の水は
神田川となり江戸城外堀(御茶ノ水駅界隈)へ 


神田川の終点→隅田川へ合流
(中央区東日本橋と台東区柳橋の区境)


     



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